英語教育と脳力開発-第1回

皆さんこんにちは!

 Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do.
知ることだけでは充分ではない、それを使わないといけない。やる気だけでは充分ではない、実行しないといけない。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、小説家、劇作家、詩人、科学者、政治家)

プロローグ

冬の寒さも和らいだ1983年2月下旬。

私は、久しぶりに土曜日の午後を自分のささやかな書斎でピアノの巨匠、アルトゥール・ルービンシュタインが弾くショパンの夜想曲と戯れていた。それは、何ともいえない優美な品のよい旋律をもって語りかけてくる。それでいて甘く魅惑的な世界である。

巨匠が、夜想曲変ホ長調作品9の2を弾き始めたころ、電話のベルが鳴った。

「はい、市村です。」

「先生、Nです。」

東京都内の区立中学3年生のN君からである。

「先生、僕、K大附属高校受かりました。ありがとうございました。1ヶ月前全然ダメだった英語が、試験当日はスラスラ解けて時間が余ったくらいです。前向きな姿勢で、できるところから少しずつやっていけばなんでもできるのですね。先生、ほんとうにありがとうございました。」

彼は、声を弾ませながら一気に言った。

「そうだ、頑張れよ、N君。前向きな姿勢で、できるところから少しずつ取り組めばできないことはないんだ!」

私は、こう言いながら、何か胸の中がカッと熱くなるのを覚えた。

私と脳力開発

ことわざに「光陰、矢のごとし」という言葉がある。私と脳力開発・情勢判断学との出会いもその感がある。

1979年の桜花畑漫のうららかな季節のことである。当時、私は大学生で、国際交流の団体を設立しリーダーをしていた。この団体の主催による講演会に講師と一緒に来会したI氏が、私に脳力開発・情勢判断学のことを話して下さった。氏の紹介により、その年の夏頃東京のスポーツ会館で行なわれた、「脳力開発教室」に参加した。しかし、数回参加しただけでやめてしまった。その大きな理由は、当時の私には脳力開発・情勢判断学が馴染まなかったことと、大学の研究室が多忙であったことによる。

脳力開発教室には、参加しなくなったものの、I氏の強い勧めもあって、情勢判断学会に入会した。入会はしたが、積極的には、脳力開発・情勢判断学を学ぶことはしないまま約2年余の年月が流れた。

1981年初秋、私は、本気で脳力開発・情勢判断学を学び始めた。

それは、学巣を巣立ち、社会に出た私に、学生の時とは違った困難が立ちはだかり始め、それを打破しようと思い至ったことによる。

英語指導と脳力開発

私は、1982年当時本職のかたわら知人の経営する学校で英語の教師として、教壇に立っていた。私が受けもっていたのは、主に中学生であるが、脳力開発を導入して教え、その成果も相当上がってきていた。

そんな折、1983年1月中旬、この知人から彼の近所に住む中学3年生N君の英語指導を、2月中旬までの1ヶ月間してくれないかと依頼された。私は、引き受け、週3回各2時間指導することになった。

N君は、東京都内の区立中学3年に在籍する男子生徒である。彼の家庭は、祖母、自営業の両親、高校1年生の兄、N君の五人家族である。明るく幸福な家庭である。彼は、中学3年間サッカー部員として活躍するとともに、生徒会役員に選出されるなど人望も厚い生徒である。学業は、学年で中位ぐらいである。彼は、中学3年生になったある日、卒業後の進路を高校進学と決め、様々な角度からK大附属高校を第一志望校として選んだ。

K大附属高校の入学試験は、英語、数学、国語、面接によって行なわれる。彼は、数学、国語、面接は過去の模擬試験等から判断して合格に充分な実力をもっていたが、英語は悲惨なものであった。

N君の話によると、中学校に入学した当時は英語習得への期待と好奇心の思いに胸おどらせ、目は、未知のものを知る喜びで輝いていた。彼は、好調にスタートを切った。しかし、日を追って新しい単語がつぎつぎに出てくるし文も複雑になってくると、興味が薄らいできた。それでも1年生の頃は良かったが、2年生になってからはわからないところがほとんどであった。

英語は、義務教育のカリキュラムの一つであるというだけで、気のりがせず仕方なく、何となくやっていた。成績もパッとせず、学校の試験も一夜づけで乗り切っていた。そんな状態で、3年間を経てしまった。1983年1月のある日(入学試験1ヶ月前)、K大附属高校の過去の入学試験問題を解いてみた。結果はやっと20%~30%得点できるだけであった。特に問題が難しいという事ではなく、中学3年間の事項を正確に習得していれば解ける問題であった。

彼は、中学2年以降の事項がほとんど習得できておらず、また、中学1年の事項も若干あやふやなところがあった。単語だけは、学校の先生から多く覚えるようにと言われていたのでかなり知っていた。

私は、こうした状況のN君の英語指導を1ヶ月間(入学試験日まで)することになったのである。

次回に続く。

※本著作は、城野経済研究所発行の月刊「脳力」、1983年10月号に発表した論文を加筆訂正したものである。

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投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。
日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「創造・挑戦・変化」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍。

2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「レジリエンス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。
この成果を社会に還元し全ての人がIKIGAIをもって各自の人生を歩み、よりよい社会づくに貢献するために本事業を立ち上げる決意をする。

2021年4月20日 株式会社レジクスレイ設立 創業者兼CEOに就任

【専門領域】
●組織文化・風土改革  ●人材・組織開発、キャリア開発
●グローバル人財育成  ●異文化理解
●東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ●グリーフケア
●レジリエンス(精神的回復力)
【主な論文/プレス発表】
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

研修・コンサルティング・講演実績

【主な研修実績】

グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ●リーダーシップ ●コーチング●ファシリテーション ●ディベート ●プレゼンテーション ●問題解決
グローバルキャリアモデル構築と実践 ●キャリア・デザインセミナー ●創造性開発 ●情報収集分析 ●プロジェクトマネジメント研修他

※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】

年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】

産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
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古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
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素読のすすめ
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実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など